ベトナムへのクロスボーダーM&Aは、内需の成長とサプライチェーン再編を背景に、日本企業にとって魅力的な選択肢であり続けています。しかし、その成否は、ベトナム固有の法務論点をいかに的確に把握し、契約とストラクチャーに織り込むかにかかっています。外資規制、許認可の承継、競争法の届出、契約・表明保証の設計など、論点は多岐にわたります。本稿では、ベトナムのクロスボーダーM&Aにおける主要な法務論点を、投資形態から契約設計まで体系的に整理します。

投資形態とストラクチャーの選択

クロスボーダーM&Aの出発点は、投資形態とストラクチャーの選択です。ベトナムへの投資は、大きく分けて、既存企業の株式・持分を取得する形態(株式・持分譲渡)と、事業・資産を取得する形態(事業譲渡)、そして新規に現地法人を設立する形態(合弁を含む)があります。それぞれ、承継される権利義務、許認可の引き継ぎ、簿外債務の遮断、税務上の取り扱いが異なり、案件の目的とリスク特性に応じた選択が求められます。

株式・持分取得は、対象事業を許認可ごと一体で承継できる利点がある一方、簿外債務や偶発債務、過去の法令違反といったリスクも引き継ぐことになります。事業譲渡は、取得対象を限定してリスクを遮断できる反面、許認可の再取得や、契約・従業員の移管に手間を要します。どちらが優れているという一般解はなく、デューデリジェンスで把握したリスクと、許認可・税務・実務上の制約を総合的に勘案して、最適なストラクチャーを設計することが重要です。

ストラクチャー選択で考慮すべき要素の重みのイメージ(概念図)。

▲ ストラクチャー選択で考慮すべき要素の重みのイメージ(概念図)。

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外資規制 ― 出資比率と参入条件

ベトナムのクロスボーダーM&Aで最も基本的かつ重要な論点が、外資規制です。業種によっては外国投資家の出資比率に上限が設けられており、希望する比率での取得が認められない場合があります。また、一部の業種では、外資の参入そのものに条件が課されたり、特定の手続き・許可が必要となったりします。WTO公約やFTA、国内法令によって、業種ごとに外資の参入可否と条件が定められており、対象事業がどの規制カテゴリーに属するかの確認が、案件設計の前提となります。

外資規制への対応を誤ると、想定したストラクチャーが実現できず、案件全体の見直しを迫られます。出資比率の上限がある場合には、段階的な取得、現地パートナーとの合弁、議決権・経営権の設計による実質的な支配の確保といった工夫が求められます。規制は変化し得るものであり、最新の法令と当局の運用を踏まえた確認が欠かせません。外資規制は、案件の入口で必ず押さえるべき、最重要の法務論点です。

許認可・ライセンスの承継

対象事業が事業を営むために必要とする許認可・ライセンスの承継可能性も、重要な論点です。製造業、流通業、サービス業など、業種に応じて様々な許認可が必要であり、これらがM&Aによって有効に承継されるか、あるいは再取得が必要となるかは、案件のストラクチャーとタイムラインに直結します。許認可の承継に時間がかかる、あるいは承継が認められない場合には、事業の継続性に支障が生じ、取得価値そのものが損なわれかねません。

許認可の確認は、デューデリジェンスの早い段階で行うべき事項です。対象事業が必要な許認可をすべて適法に保有しているか、有効期限や条件に問題はないか、そしてM&A後にそれらが維持・承継されるかを精査します。許認可に問題が見つかった場合には、価格・契約条件への反映、クロージング条件としての是正、あるいはストラクチャーの変更といった対応を検討する必要があります。許認可は、事業価値を支える見えにくいが決定的な要素です。

競争法と当局審査

一定の規模を超えるM&Aでは、競争法(経済集中規制)に基づく当局への事前届出が必要となる場合があります。届出の要否は、当事会社の規模や市場シェアなどの基準によって判断され、該当する場合には、当局の審査をクリアするまでクロージングを進められません。審査には一定の期間を要するため、これをタイムラインに織り込んでおかないと、想定したスケジュールでの完了が困難になります。

競争法対応では、届出の要否の判断、必要書類の準備、そして当局とのコミュニケーションを適切に行うことが求められます。届出を怠ったり、審査前にクロージングを実行したりすると、制裁や取引の無効化といったリスクが生じます。クロスボーダー案件では、複数国での競争法届出が必要となる場合もあり、各国の手続きを並行して管理する必要があります。競争法は、案件の実行可能性とタイムラインを左右する、見落としてはならない論点です。

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契約設計 ― SPA・表明保証・補償

M&A契約(株式譲渡契約/SPA等)の設計は、リスク配分の中核です。とりわけ、表明保証(売り手が対象会社の状態について真実であることを保証する条項)、補償(保証違反や特定リスクが顕在化した場合の損害填補)、そして価格調整やクロージング条件の設計が、買い手のリスクを左右します。ベトナム案件では、財務情報の透明性、簿外債務、税務リスク、関連当事者取引、許認可の有効性といった論点を、表明保証と補償でどうカバーするかが重要です。

ベトナム特有の留意点として、表明保証違反が生じた際の補償の実効性をいかに確保するかがあります。売り手の資力や、補償請求の実務的な回収可能性を踏まえ、エスクロー(条件付き預託)、価格の一部留保、補償上限・期間の設計といった仕組みを組み合わせることが有効です。また、準拠法と紛争解決手段(仲裁地・仲裁機関の選択など)も、クロスボーダー案件では慎重に設計すべき論点です。契約は、デューデリジェンスで把握したリスクを、価格・条件・補償のいずれで吸収するかを具体化する作業そのものです。

加えて、クロージングの前提条件(CP)と、価格の支払い方式の設計も、契約の重要な要素です。許認可の取得、競争法の承認、第三者の同意取得といった事項をクロージング条件として定めることで、必要な手続きが完了するまで取引の実行を留保し、買い手のリスクを抑えることができます。対価についても、一括払いか分割払いか、アーンアウト(業績連動の追加対価)を組み込むか、エスクローでどれだけ留保するかといった設計が、売り手と買い手の利害とリスク認識の調整に用いられます。これらの条項は個別に存在するのではなく、相互に連関した一つのリスク配分の体系として、整合的に設計する必要があります。

労務・コンプライアンスと実務上の留意点

M&Aでは、労務とコンプライアンスも見落とせない論点です。従業員の雇用承継、労働契約・社会保険の取り扱い、労働組合との関係、そしてキーパーソンの引き留めは、取得後の事業継続に直結します。また、対象会社の過去の法令遵守状況、贈収賄・腐敗防止への対応、環境規制への適合といったコンプライアンス上のリスクは、買い手が引き継ぐ潜在的な負担となり得ます。これらを契約と価格に適切に反映することが求められます。

実務上は、ベトナムの行政手続きの特性や、書類・情報開示の慣行、言語の壁を踏まえた進行管理が重要です。手続きが想定以上に時間を要したり、必要書類が揃わなかったりすることは珍しくありません。現地の法務専門家を早期に起用し、レッドフラッグを優先的に洗い出しながら、ストラクチャー・契約・タイムラインに反映していくアプローチが、案件を確実にクロージングへ導きます。法務論点は、価格交渉と一体で扱うべき戦略的なテーマです。

土地使用権と不動産関連の論点

ベトナムM&Aに固有の法務論点として、土地使用権の取り扱いがあります。ベトナムでは土地そのものの私有は認められず、企業や個人は「土地使用権」を保有する仕組みとなっています。対象会社が事業に用いる土地について、その使用権が適法かつ有効に取得されているか、使用目的・期間・条件に問題はないか、そしてM&Aによってその権利が確実に承継されるかは、不動産や工場を伴う案件において決定的な論点です。土地使用権に瑕疵があれば、事業の継続性そのものが揺らぎかねません。

土地使用権の確認は、製造業の工場、商業施設、物流施設、リゾート開発など、不動産が事業価値の中核を占める案件で特に重要です。使用権の取得経緯、対価の支払い状況、用途変更の可否、そして担保・抵当の有無といった点を精査する必要があります。土地に関わる論点は、ベトナムの法制度と行政運用に深く根ざしており、現地の専門知識なしに正確に評価することは困難です。不動産関連の法務論点は、案件の安全性を左右する見落とせない領域です。

法務ワークストリームの段階別所要期間のイメージ(概念図)。

▲ 法務ワークストリームの段階別所要期間のイメージ(概念図)。

紛争解決と準拠法の設計

クロスボーダーM&Aでは、契約から紛争が生じた場合に、どの国の法律を準拠法とし、どこで・どのように紛争を解決するかを、あらかじめ契約に定めておくことが極めて重要です。当事者が異なる国に所在するクロスボーダー案件では、紛争解決手段の選択が、いざという時の権利実現の可否を左右します。一般に、国際的な執行可能性や中立性の観点から、国際仲裁を選択することが多く、仲裁地・仲裁機関・使用言語を慎重に取り決めておくことが求められます。

準拠法と紛争解決条項は、契約交渉の終盤で形式的に決められがちですが、実際にはリスク管理の要となる重要な条項です。判決・仲裁判断が相手国で実際に執行できるか、執行に要する時間とコストはどの程度か、そして当該条項が現地法上有効と認められるかといった点を踏まえて設計する必要があります。表明保証や補償をいかに精緻に設計しても、それを実現する紛争解決の枠組みが脆弱では、絵に描いた餅になりかねません。出口のリスクまで見据えた契約設計が、買い手の権利を守ります。

まとめ

ベトナムのクロスボーダーM&Aでは、外資規制、許認可の承継、競争法の届出、そしてSPA・表明保証・補償の設計といった固有の法務論点が、案件の成否とリスク配分を決定づけます。これらを案件の入口から把握し、ストラクチャー・契約・タイムラインに織り込むことが不可欠です。Solaraは、現地の法務専門家と連携しながら、外資規制の確認から契約設計、クロージングまでを一気通貫で支援し、日本企業のベトナムM&Aを法務面から確実に支えます。

法務論点は、しばしば「専門家に任せておけばよい技術的な手続き」と誤解されがちですが、実際にはストラクチャーの選択から価格交渉、出口戦略までを貫く、案件設計の根幹です。外資規制が出資比率を制約すれば、ストラクチャーそのものが変わります。許認可が承継できなければ、取得価値が損なわれます。表明保証と補償の設計が甘ければ、隠れたリスクが買い手の負担となります。これらの論点を、デューデリジェンスで把握したリスクと一体で捉え、価格・契約・タイムラインへと体系的に反映できるかどうかが、案件を確実に成功へ導く分かれ道となります。法務を戦略の一部として扱う姿勢が、クロスボーダーM&Aの成否を決定づけます。