ベトナムの所得向上と中間層の拡大は、人々の食生活と消費行動を大きく変えつつあります。生鮮食品や加工食品、冷凍食品への需要が高まり、食の安全・品質への意識も向上しています。同時に、eコマースを通じた食品・生鮮品の購入が広がり、医薬品やワクチンの適切な温度管理への要請も高まっています。こうした変化を支えるのが、温度管理を伴う物流である「コールドチェーン(低温物流)」です。生産から消費に至るまで、一貫して適切な低温を保つことで、食品の鮮度・安全と医薬品の品質を守るこの仕組みは、ベトナムでまだ発展途上にあり、それゆえに大きな成長余地を持っています。本稿では、ベトナムのコールドチェーン市場の構造、冷蔵倉庫・冷蔵輸送の需要、医薬品物流の高度化を整理し、日本企業の参入・投資・M&A機会を実務目線で解説します。

コールドチェーンとは ― 温度を守る物流

コールドチェーンとは、生鮮食品、冷凍食品、医薬品、ワクチンといった、温度管理を必要とする品物を、生産・加工の段階から、保管、輸送、そして小売・消費の段階まで、一貫して適切な温度を保ちながら届ける物流の仕組みです。途中で温度が崩れれば、食品は傷み、医薬品は効力を失うため、サプライチェーン全体で「温度の連鎖(チェーン)」を切らさないことが求められます。これには、冷蔵・冷凍倉庫、冷蔵車(リーファー)、温度管理された荷役・保管、そして温度を監視・記録する仕組みが、一体として機能する必要があります。

コールドチェーンの整備状況は、その国の食の安全と、医薬品の品質を左右します。コールドチェーンが未整備だと、食品の流通過程での損失(フードロス)が大きくなり、食の安全リスクも高まります。ベトナムでは、伝統的に生鮮品が常温に近い環境で流通する場面も多く、コールドチェーンの整備はまだ途上にあります。これは課題であると同時に、所得向上と食の安全志向の高まりに伴って、コールドチェーンへの需要が今後大きく伸びることを意味します。発展途上であることが、成長余地の大きさを物語っているのです。

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需要の駆動力 ― 食・eコマース・医薬

ベトナムのコールドチェーン需要を押し上げる駆動力は、複数あります。第一に、食生活の変化です。所得向上に伴い、生鮮食品、肉・水産物、乳製品、冷凍食品、そして輸入食材への需要が高まり、これらを鮮度・品質を保って届けるコールドチェーンが必要となります。食の安全への意識の高まりも、適切な温度管理への要請を強めています。第二に、近代的な小売の拡大です。スーパーマーケットやコンビニエンスストアといった近代的小売は、生鮮品の品質管理にコールドチェーンを必要とし、その普及がコールドチェーンの需要を牽引します。

第三に、eコマースの拡大です。食品・生鮮品のオンライン購入が広がるにつれ、それを消費者の手元まで低温で届ける物流(ラストワンマイルの低温配送を含む)への需要が高まっています。第四に、医薬品・ワクチン物流です。医薬品やワクチンは厳格な温度管理を要し、その品質と安全を守るコールドチェーンは、医療の質に直結します。第五に、水産・農産物の輸出です。ベトナムの主要な輸出品である水産物・農産物を、品質を保って海外市場へ届けるには、輸出向けのコールドチェーンが不可欠です。これらの多様な駆動力が重なり、ベトナムのコールドチェーン市場は力強い成長を続けています。

コールドチェーン市場規模の推移イメージ(指数化・概念図)。

▲ コールドチェーン市場規模の推移イメージ(指数化・概念図)。

冷蔵倉庫と冷蔵輸送 ― インフラの中核

コールドチェーンの中核となるインフラが、冷蔵・冷凍倉庫と冷蔵輸送です。冷蔵倉庫は、生鮮品・冷凍品・医薬品を適切な温度で保管する拠点であり、消費地の近くや、生産地・港湾・空港の近くに配置されます。ベトナムでは、需要の伸びに対して冷蔵倉庫の容量が不足する地域もあり、その整備が課題かつ機会となっています。近代的で効率的な冷蔵倉庫、温度帯ごとに管理された保管スペース、そして自動化された荷役設備への需要が高まっています。冷蔵倉庫は、立地と温度管理の品質が競争力を左右するインフラ事業です。

冷蔵輸送は、倉庫と倉庫、倉庫と小売・消費地をつなぐ温度管理された輸送です。冷蔵車(リーファートラック)、冷蔵コンテナ、そして輸送中の温度を監視・記録する仕組みが必要です。ベトナムの道路網や交通事情のなかで、温度を保ちながら確実に届ける輸送は、専門的なノウハウを要します。倉庫と輸送が連携し、途中で温度の連鎖を切らさないことが、コールドチェーンの本質です。冷蔵倉庫の整備と、冷蔵輸送網の構築、そして両者をつなぐ運営・管理の高度化が、ベトナムのコールドチェーンの発展を支える鍵となります。これらのインフラとオペレーションの両面に、参入の機会があります。

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日本企業への示唆 ― 品質と技術で差別化

日本企業は、高度なコールドチェーンの運営と、関連する技術・設備において世界的な強みを持ち、ベトナム市場で差別化を図ることができます。日本企業の機会は、いくつかの局面に分かれます。第一に、コールドチェーン物流事業への参入・投資です。冷蔵倉庫の建設・運営、冷蔵輸送網の構築、そして低温物流サービスの提供に、ノウハウと資本を持って関与する道があります。とりわけ、品質管理に厳しい日系の食品・小売・医薬企業の現地拠点に対し、信頼できるコールドチェーンを提供するニーズは確実に存在します。

第二に、冷蔵・冷凍設備、温度管理システム、そして物流の自動化・効率化に関わる技術・設備の提供です。冷凍機、断熱パネル、温度監視のIoT、倉庫の自動化設備といった分野で、日本企業の技術が活きます。第三に、現地物流企業との提携・買収による事業基盤の獲得です。現地のネットワークや顧客基盤を持つ企業と組むことで、市場への参入を加速できます。コールドチェーンは、品質・信頼性・温度管理の精度が問われる領域であり、これらに強みを持つ日本企業にとって、相性のよい市場です。発展途上の市場で、高品質なコールドチェーンを構築できれば、食品・医薬の安全という社会的価値と、事業機会の両方を実現できます。

M&A・投資の論点と留意点

コールドチェーン分野への投資・M&Aでは、冷蔵倉庫であれば、立地、設備の状態と温度管理の品質、稼働率、そして顧客基盤が、核心的な評価項目になります。冷蔵倉庫は電力を多く消費するため、電力供給の安定性とコストも論点です。物流事業者を買収する場合は、輸送ネットワークのカバレッジ、車両・設備の状態、温度管理のオペレーション能力、そして顧客との契約の安定性が評価の対象となります。コールドチェーンは、温度管理の品質が事業の信頼性を左右するため、オペレーションの実態を丁寧に検証することが重要です。

需要が成長分野である分、参入のタイミングと拠点の立地戦略が、長期の競争力を左右します。冷蔵倉庫や物流網は、一度構築すれば長く使うインフラであるため、需要の伸びを見据えた立地と規模の設計が求められます。買収後の統合(PMI)では、温度管理の品質基準の徹底と、オペレーションの効率化が中心的な課題となります。食品・医薬を扱う以上、衛生・品質・安全に関する規制への準拠も欠かせません。現地特有の許認可・税務・会計、そして衛生規制の取り扱いについては、早期の専門的確認が、後戻りを防ぐうえで重要です。

医薬品コールドチェーン ― 命を支える温度管理

コールドチェーンの応用領域として、近年とりわけ重要性を増しているのが、医薬品の物流です。多くの医薬品、とりわけワクチンや生物製剤(バイオ医薬品)は、厳格な温度管理のもとで保管・輸送されなければ、その効力を失います。温度が一度でも規定の範囲を外れれば、製品の品質が損なわれ、患者の安全に関わります。医薬品コールドチェーン(ファーマ・コールドチェーン)は、文字どおり命を支える物流であり、食品のコールドチェーン以上に厳格な品質管理と、温度の記録・検証(トレーサビリティ)が求められます。

ベトナムでは、医療の質の向上と、医薬品市場の拡大に伴って、医薬品コールドチェーンの重要性が高まっています。とりわけ、感染症対策としてのワクチンの供給では、製造から接種の現場まで、温度を切らさずに届ける仕組みが、その有効性を左右します。医薬品コールドチェーンは、専用の冷蔵設備、厳格な温度監視、品質管理(GDP:適正流通基準など)への準拠、そして万一の温度逸脱に備えた管理体制を要する、高度に専門的な領域です。日本企業は、医薬品物流の高度な品質管理のノウハウと、温度監視・記録の技術を活かし、この命に関わる分野で貢献できます。医薬品コールドチェーンは、専門性が高く参入障壁がある分、信頼を築けば持続的な事業基盤となる領域です。

フードロス削減という社会的価値

コールドチェーンの整備は、事業機会であると同時に、フードロス(食品ロス)の削減という大きな社会的価値を持ちます。コールドチェーンが未整備だと、生鮮品が流通の過程で傷み、相当量が消費されずに失われます。これは、生産者の収入の損失であり、食料資源の無駄であり、そして食料安全保障の観点からも好ましくありません。適切なコールドチェーンを整備し、生産から消費まで鮮度を保って届けることは、こうしたフードロスを減らし、限られた食料資源を有効に活かすことにつながります。

とりわけ、農業大国であるベトナムにとって、収穫した農産物・水産物を傷ませずに市場へ、あるいは海外の輸出先へ届けることは、生産者の所得向上と、産業の競争力強化に直結します。コールドチェーンの整備は、農水産業の価値を高め、その恩恵を生産者に還元する手段でもあります。日本企業がコールドチェーンの構築に貢献することは、事業上の収益を得るだけでなく、フードロスの削減と、農水産業の振興という社会的な価値の創出にもつながります。経済的な機会と社会的な意義が結びつくこの分野は、持続可能なビジネスを志向する日本企業にとって、取り組む意義の大きい領域といえます。

まとめ ― 食と医薬の安全を支える成長市場

ベトナムのコールドチェーン物流は、所得向上と食の安全志向、近代的小売とeコマースの拡大、そして医薬品物流の高度化という複数の駆動力に支えられ、力強い成長を続ける有望市場です。冷蔵倉庫・冷蔵輸送のインフラがまだ発展途上にあることは、裏を返せば大きな成長余地を意味します。高度なコールドチェーンの運営と技術に強みを持つ日本企業にとっては、物流事業への投資、設備・技術の提供、そして現地企業との提携・買収といった多様な参入機会があります。品質・信頼性・温度管理の精度という強みを活かし、需要の伸びを見据えた拠点戦略と、現地パートナーとの連携やM&Aを機動的に活用することが、この市場で持続的な成果を生む戦略となります。Solaraは、市場の調査からパートナー発掘、事業性評価、提携・投資の実行まで、一貫した支援を提供します。