グリーン水素とグリーンアンモニアは、世界の脱炭素化を担う次世代エネルギーとして、各国で開発競争が始まっています。再生可能エネルギーから製造される水素は、燃焼しても二酸化炭素を出さず、発電・産業・運輸といった幅広い分野での脱炭素を可能にする「究極のクリーン燃料」として期待されています。そして、太陽光・風力の豊富なポテンシャルを持つベトナムは、この新潮流のなかで、グリーン水素・アンモニアの製造・輸出拠点になり得る国として国際的な注目を集めつつあります。本稿では、ベトナムにおける水素・アンモニア産業の可能性、製造・輸出・利用の展望、そしてコスト・インフラ・需要という課題を整理し、日本企業の参入・提携・投資機会を、まだ黎明期にあるこの分野ならではの視点から解説します。

グリーン水素・アンモニアとは ― 脱炭素の切り札

水素は、燃焼しても水しか生じないクリーンな燃料ですが、その製造方法によって環境負荷が大きく異なります。再生可能エネルギーの電力で水を電気分解して作る水素は「グリーン水素」と呼ばれ、製造過程でも二酸化炭素を排出しない、真にクリーンな水素です。一方、化石燃料から作る水素は排出を伴います。脱炭素の文脈で価値を持つのは、再生可能エネルギー由来のグリーン水素であり、その製造には大量の安価な再生可能電力が必要です。

アンモニアは、水素と窒素から合成される化合物で、水素を運びやすく貯めやすい形にした「水素キャリア」として注目されています。水素はそのままでは輸送・貯蔵が難しいため、アンモニアに変換して運び、利用地で水素に戻す、あるいはアンモニアのまま燃料として使うという利用法が構想されています。とりわけ、火力発電所でアンモニアを石炭やガスに混ぜて燃やす「混焼」は、既存の発電設備を活かしながら排出を削減する現実的な手段として期待され、日本をはじめとする各国で技術開発が進んでいます。グリーンアンモニアは、脱炭素と既存インフラの活用を橋渡しする鍵となるのです。

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ベトナムのポテンシャル ― 再エネが生む競争力

ベトナムがグリーン水素・アンモニアの有望地として注目される理由は、その豊富な再生可能エネルギーのポテンシャルにあります。グリーン水素の製造コストは、原料となる再生可能電力のコストに大きく左右されます。日射量に恵まれた太陽光、良好な風況を持つ陸上・洋上風力を豊富に持つベトナムは、安価な再生可能電力を大量に供給できる潜在力があり、これが競争力のあるグリーン水素・アンモニアの製造を可能にすると期待されています。

さらに、ベトナムは長い海岸線と港湾を持ち、製造したアンモニアを海外へ輸出する地理的条件にも恵まれています。脱炭素を急ぐ日本・韓国をはじめとするアジアの需要地に近いことは、輸出拠点としての魅力を高めます。再生可能エネルギーの豊富さ、輸出に適した立地、そして近隣の旺盛な需要という三つの条件が揃うことで、ベトナムはグリーン水素・アンモニアのサプライチェーンにおいて、製造・輸出のハブとなる可能性を秘めています。もっとも、これはあくまでポテンシャルであり、それを現実の産業に育てるには、技術・資本・需要・制度の各面で多くの課題を乗り越える必要があります。

グリーン水素のコスト構成要因のイメージ(相対値・概念図)。再エネ電力コストが支配的。

▲ グリーン水素のコスト構成要因のイメージ(相対値・概念図)。再エネ電力コストが支配的。

製造・輸出・利用の展望

ベトナムのグリーン水素・アンモニア産業は、大きく分けて三つの展開が構想されています。第一は、輸出です。豊富な再生可能エネルギーで製造したグリーンアンモニアを、脱炭素を急ぐアジアの需要地へ輸出する構想で、これがベトナムの最大の機会と見られています。第二は、国内での利用です。火力発電所でのアンモニア混焼や、産業・運輸部門での水素利用により、国内の脱炭素を進める道筋です。第三は、既存の産業利用の脱炭素化で、肥料原料などに使われるアンモニアをグリーン化することが挙げられます。

これらの展開は、いずれも巨大なポテンシャルを持つ一方、まだ構想や実証の段階にあるものが多く、本格的な事業化には時間を要します。グリーン水素・アンモニアの製造には、大規模な再生可能エネルギー発電設備、水の電気分解を行う電解装置(電解槽)、アンモニアの合成設備、そして貯蔵・輸出のためのインフラが一体として必要です。これらは巨額の投資を要し、かつ製造したグリーン燃料を買い取る需要(オフテイカー)が確保されて初めて、プロジェクトは成立します。需要・供給・インフラ・制度を同時に立ち上げる必要がある点に、この産業の難しさと、先行者の機会の両方があります。

クレーンが立つ高層ビルの建設現場

日本企業への示唆 ― 黎明期だからこその機会

日本は、水素・アンモニアの利用において世界をリードする取り組みを進めており、ベトナムのグリーン燃料産業との結びつきは、双方にとって大きな意味を持ちます。日本企業にとっての機会は、いくつかの局面に分かれます。第一に、需要家(オフテイカー)としての関与です。日本の発電事業者や産業界が、ベトナム産のグリーンアンモニアの安定的な買い手となることで、現地のプロジェクトの事業化を後押しし、同時に自らの脱炭素を進めることができます。需要の確保こそが、製造プロジェクトを成立させる最も重要な要素です。

第二に、技術・設備の提供です。電解装置、アンモニア合成、混焼技術といった分野で、日本企業は高い技術力を持ちます。第三に、プロジェクトへの出資・共同開発です。製造から輸出までのサプライチェーンを構築する大規模プロジェクトに、資本と知見を持って参画する道があります。第四に、サプライチェーン全体のエンジニアリングと、輸送・貯蔵インフラの整備です。この産業はまだ黎明期にあるからこそ、早期に関与することで、将来の大きな市場における有利な立ち位置を確保できる可能性があります。リスクは高いものの、先行者の利益が大きい分野といえます。

課題とリスク ― ポテンシャルを現実にする壁

グリーン水素・アンモニア産業の最大の課題は、コストです。現状では、グリーン水素・アンモニアの製造コストは、既存の化石燃料に比べて高く、経済的に成立させるには、再生可能電力のさらなる低コスト化、電解装置の効率向上とコスト低減、そして脱炭素の価値を反映する制度(カーボンプライシングや補助)が必要です。コストが下がり、かつ脱炭素の付加価値が市場で評価されて初めて、グリーン燃料は化石燃料と競争できるようになります。この「コストの壁」をどう越えるかが、産業全体の最大の論点です。

加えて、需要の不確実性、インフラ整備の巨額の投資、技術の成熟度、そして制度・規制の未整備といった課題があります。製造したグリーン燃料を確実に買い取る需要がなければプロジェクトは成立せず、需要は脱炭素政策と買い手の意思決定に左右されます。インフラは鶏と卵の関係にあり、需要が見えなければ投資が進まず、インフラがなければ需要も生まれません。こうした不確実性を踏まえ、ベトナムの水素・アンモニア分野への関与は、長期の視点と、段階的・実証的なアプローチで臨むことが現実的です。過度な期待を排し、ポテンシャルと課題を冷静に見極める姿勢が求められます。

M&A・提携の論点 ― 早期参画の設計

まだ黎明期にあるグリーン水素・アンモニア分野では、完成した事業を買収するM&Aよりも、初期段階のプロジェクトへの出資、技術提携、共同開発、あるいは長期の購入契約(オフテイク契約)を通じた関与が中心となります。投資・提携を検討する際には、対象プロジェクトの再生可能電力の確保状況とコスト、需要(オフテイカー)の確実性、技術の成熟度、そしてインフラと許認可の見通しが、核心的な評価項目になります。需要と供給とインフラが揃って初めて事業が成立する以上、これらの要素のどれかが欠けていれば、計画は絵に描いた餅になりかねません。

この分野の投資は、高いリターンの可能性と高い不確実性が表裏一体です。したがって、段階的に関与を深める(まずは実証や少額出資から始め、事業性が確認されるにつれて関与を拡大する)アプローチが、リスクを管理しつつ機会を捉えるうえで有効です。また、需要家・製造者・技術提供者・資金提供者が連携するコンソーシアム型のプロジェクト組成が一般的であり、日本企業はそのなかで自社の強み(需要・技術・資本)に応じた役割を担うことになります。長期の脱炭素の流れを信じつつ、足元の事業性を冷静に検証する規律が、この新領域での成功の鍵となります。

国際連携とサプライチェーン ― 製造から需要地まで

グリーン水素・アンモニアの産業は、一国だけで完結するものではなく、製造地と需要地をつなぐ国際的なサプライチェーンとして成り立ちます。豊富な再生可能エネルギーを持つ国で製造し、脱炭素を急ぐ需要地へ輸出する ―― この国際的な分業の構図のなかで、ベトナムは製造・輸出の側に、日本をはじめとするアジアの先進国は需要の側に立つ可能性があります。この補完的な関係は、両国の連携を通じて、双方の脱炭素とエネルギー安全保障に資するものとなり得ます。製造から輸送、貯蔵、そして利用に至るバリューチェーン全体を、国境を越えて構築することが、この産業の鍵となります。

こうした国際連携を実現するには、製造者、輸送者、需要家、技術提供者、そして資金提供者が、国境を越えて協調するコンソーシアム型の取り組みが必要です。長期の購入契約(オフテイク契約)によって需要を確保し、それを前提に製造・輸送インフラへの投資を進めるという、需要と供給を一体で設計するアプローチが求められます。日本は、水素・アンモニアの利用で世界をリードする取り組みを進めており、需要家・技術提供者として、ベトナムの製造ポテンシャルと結びつく自然な相手となり得ます。両国の官民が連携し、国際的なサプライチェーンを構築していくことが、グリーン燃料という新産業を立ち上げる現実的な道筋です。この国際連携の枠組みのなかに、日本企業の多面的な事業機会が存在します。

まとめ ― 次世代エネルギーの種をまく

ベトナムのグリーン水素・アンモニア産業は、豊富な再生可能エネルギーと輸出に適した立地、近隣の旺盛な需要という条件を背景に、将来の有望な産業として大きなポテンシャルを秘めています。一方で、コスト、需要、インフラ、技術、制度といった多くの課題が、ポテンシャルを現実の産業に変える前に立ちはだかっています。黎明期にあるこの分野は、リスクは高いものの、早期に関与することで将来の大きな市場における有利な立ち位置を確保できる可能性を持ちます。日本企業にとっては、需要家・技術提供者・投資家として、多面的に関与する道があります。長期の視点と段階的なアプローチで、次世代エネルギーの種をまくことが、この新潮流のなかで成果を生む戦略となります。Solaraは、市場・技術の調査から提携先の発掘、事業性評価、投資・提携の設計まで、一貫した支援を提供します。