ベトナムの都市は、急速な人口流入と経済成長によって、活気にあふれる一方で、交通渋滞、大気汚染、廃棄物、行政サービスの効率といった「都市の成長痛」に直面しています。これらの課題に、IoT(モノのインターネット)、センサー、データ分析、人工知能(AI)といったデジタル技術を駆使して挑むのが、スマートシティの構想です。ベトナム政府も、主要都市のスマート化と、デジタル技術を組み込んだ新都市の開発を国家的な方針として掲げ、その実現に向けた取り組みを進めています。本稿では、ベトナムのスマートシティ構想の現状、新都市開発と既存都市のデジタル化という二つのアプローチ、そして関連技術・サービスの需要を整理し、日本企業が参入・提携・M&Aを検討する際の論点を解説します。
スマートシティとは ― 都市課題へのデジタル解
スマートシティとは、デジタル技術とデータを活用して、都市のインフラやサービスを効率化し、住民の生活の質を高める都市のあり方を指します。交通の流れをデータで最適化して渋滞を緩和し、センサーで大気や水の質を監視し、エネルギーや水の利用を効率化し、行政手続きをデジタル化して利便性を高める ―― こうした取り組みを統合的に進めることで、都市をより住みやすく、持続可能なものにしようとするものです。スマートシティは、単一の技術ではなく、交通・エネルギー・環境・防災・行政・医療など、多様な分野のデジタル化を横断的に束ねる概念です。
スマートシティの実現には、都市のさまざまな場所からデータを集めるセンサー・IoT機器、それらをつなぐ通信ネットワーク、データを蓄積・分析する基盤(データプラットフォーム)、そしてそのデータを使って都市を運営する仕組み(都市OS、運用センター)が必要です。重要なのは、これらの技術を導入すること自体が目的ではなく、それによって実際の都市課題(渋滞、汚染、行政の非効率など)を解決し、住民の生活を改善することにあります。技術と都市課題を結びつけ、実効性のある解決策を設計することが、スマートシティの成否を分けます。

二つのアプローチ ― 新都市開発と既存都市のデジタル化
ベトナムのスマートシティは、大きく二つのアプローチで進んでいます。第一は、ゼロから新しい都市を開発し、当初からスマートな機能を組み込む「新都市開発」です。主要都市の周辺や近郊で、大規模な開発プロジェクトとして、スマートな交通・エネルギー・通信インフラを備えた新都市が計画・建設されています。白紙の状態から設計できるため、最新の技術と都市計画を統合しやすいという利点があります。これらの新都市は、不動産開発と都市インフラ、デジタル技術が一体となった巨大プロジェクトです。
第二は、既存の都市にデジタル技術を導入して、段階的にスマート化していく「既存都市のデジタル化」です。すでに人々が暮らす都市に、交通管理システム、環境モニタリング、行政のデジタル化、防災システムといった機能を順次導入し、都市の運営を高度化していきます。新都市開発に比べて制約は多いものの、多くの住民が恩恵を受ける現実的なアプローチです。両者は補完的であり、ベトナムのスマートシティは、新都市の建設と既存都市の高度化を並行して進めることで、全体として都市のデジタル化を推進しています。日本企業にとっては、それぞれのアプローチに異なる参入機会があります。

▲ スマートシティの分野別投資イメージ(相対値・概念図)。
需要の中身 ― 交通・エネルギー・行政・防災
スマートシティの需要は、多様な分野に広がっています。交通分野では、信号や交通量をデータで制御するスマート交通システム、公共交通の運行管理、駐車場の最適化、そして将来の自動運転を見据えたインフラが求められます。深刻な渋滞を抱えるベトナムの都市では、交通のスマート化への期待が大きい領域です。エネルギー分野では、スマートグリッド、スマートメーター、ビルや街区のエネルギー管理(BEMS)、そして再生可能エネルギーの統合が課題となります。
環境・防災分野では、大気・水質のモニタリング、廃棄物管理の効率化、そして洪水・災害への備えとなる防災システムへの需要があります。気候変動の影響を受けやすいベトナムでは、防災のデジタル化も重要なテーマです。行政分野では、電子政府(e-Government)、行政手続きのオンライン化、市民向けデジタルサービスといった、行政の効率化と利便性向上が進められています。これらの各分野は、それぞれが独立した市場であると同時に、データを通じて連携することで、都市全体としての価値を高めます。日本企業は、自社の強みを持つ分野で参入しつつ、分野横断の統合にも貢献できます。

日本企業への示唆 ― 技術と都市づくりの経験
日本企業は、都市インフラとデジタル技術の双方に強みを持ち、スマートシティ分野で多面的に貢献できます。日本自身が、高度な都市インフラと、スマートシティの実証・実装の経験を蓄積してきたことは、ベトナム市場での説得力につながります。日本企業の機会は、いくつかの局面に分かれます。第一に、個別分野の技術・システムの提供です。スマート交通、エネルギー管理、環境モニタリング、防災システムといった分野で、技術とソリューションを提供できます。第二に、都市開発プロジェクトへの参画です。新都市開発に、インフラ・デジタル技術・運営ノウハウを持って関与する道があります。
第三に、データプラットフォームや都市OSといった、スマートシティの基盤レイヤーへの貢献です。多様な分野のデータを束ね、都市を統合的に運営する仕組みは、スマートシティの中核であり、ここに関与できれば大きな価値を生みます。第四に、運営・サービスの提供です。導入したシステムを継続的に運用し、データを活用してサービスを改善していく領域にも機会があります。スマートシティは、ハードウェア・ソフトウェア・サービス・運営が複合した分野であり、日本企業は、個別技術の提供から、都市づくりの統合的な関与まで、自社の強みに応じて多様な形で参画できます。現地の開発事業者・自治体・IT企業との連携が、参入の鍵となります。
M&A・提携の論点と留意点
スマートシティ分野は、不動産開発、インフラ、IT、サービスが複合する領域であるため、関与の形態も多様です。現地のIT・システム企業やソリューション事業者を買収・出資する場合は、対象の技術力、行政・開発事業者との関係、実績、そして人材が評価の論点となります。スマートシティ案件は、自治体や政府との関係が事業の前提となることが多く、対象企業がそうした関係をどれだけ持つかが価値を左右します。新都市開発プロジェクトへの参画では、開発事業者の信頼性、プロジェクトの事業性、そして許認可・用地の確実性が論点です。
スマートシティ事業の難しさは、技術を導入しても、それが実際に都市課題を解決し、収益化につながるとは限らない点にあります。多くのプロジェクトが実証段階や部分的な導入にとどまり、都市全体としての統合や持続的な事業モデルの確立には時間を要します。したがって、過度に大きな期待を抱くのではなく、具体的な課題解決と収益化の道筋が見える領域から、段階的に関与することが現実的です。長期の都市デジタル化の流れを捉えつつ、足元の事業性を冷静に見極める規律が求められます。現地の制度・許認可・税務の取り扱いについては、早期の専門的確認が欠かせません。
データとプライバシー ― 信頼を支える基盤
スマートシティは、都市のあらゆる場所からデータを集めて運営される仕組みであるため、データの取り扱いとプライバシーの保護が、その信頼性を支える重要な基盤となります。交通の流れ、人の動き、エネルギーの利用、環境の状態といった膨大なデータは、都市を効率化する貴重な資源である一方、個人のプライバシーや、データの安全に関わる懸念も伴います。住民が安心してスマートシティの恩恵を受けるには、データが適切に管理され、悪用や漏洩から守られ、プライバシーが尊重されることが前提となります。データの利活用と保護のバランスを取る制度・技術が、スマートシティの持続可能性を左右します。
この観点は、スマートシティ分野に、データ管理、サイバーセキュリティ、そしてプライバシー保護に関わる技術・サービスへの需要を生み出します。都市の重要なデータを扱う以上、その安全を確保するセキュリティは不可欠であり、ここに高い技術を持つ日本企業の貢献の余地があります。また、データガバナンス(誰が、どのデータに、どうアクセスできるかのルール)の設計と運用も、スマートシティの信頼を支える重要な要素です。技術の導入だけでなく、データを安全かつ適切に扱う仕組みを併せて整えることが、住民の信頼を得て、スマートシティを持続的に発展させる鍵となります。信頼こそが、データ駆動の都市運営の土台なのです。
官民連携とエコシステム ― 多様な主体の協働
スマートシティは、単独の企業や行政だけで実現できるものではなく、政府・自治体、開発事業者、IT企業、インフラ企業、そして住民といった多様な主体が協働して初めて成り立ちます。行政は、制度の整備、データの開放、そして都市課題の提示を担い、民間企業は、技術・資金・運営ノウハウを提供します。この官民連携(PPP)の枠組みと、多様な企業が参加するエコシステムの形成が、スマートシティの推進力となります。一社がすべてを担うのではなく、それぞれが強みを持ち寄って協働する構造が、複雑なスマートシティを実現する現実的な道です。
日本企業がベトナムのスマートシティに関与する際にも、この協働の構造を理解することが重要です。自社単独での参入よりも、現地の開発事業者・IT企業・行政との連携を通じて、エコシステムの一員として価値を提供する形が、現実的かつ効果的です。日本企業の技術と都市づくりの経験を、現地のパートナーの市場知識やネットワークと組み合わせることで、それぞれの強みを活かした取り組みが可能になります。スマートシティは、多様な主体が協働するプラットフォームであり、そのなかで自社がどの役割を担い、どう連携するかを設計することが、参入戦略の核心となります。
まとめ ― 都市の未来をデジタルで描く
ベトナムのスマートシティは、急速な都市化が生む課題に、デジタル技術で挑む国家的な取り組みです。新都市開発と既存都市のデジタル化という二つのアプローチを通じて、交通・エネルギー・環境・行政・防災といった多様な分野でデジタル化が進められています。都市インフラとデジタル技術の双方に強みを持つ日本企業にとっては、個別技術の提供から、都市開発への参画、データ基盤の構築、運営サービスまで、多面的な参入機会があります。技術導入それ自体ではなく、実際の都市課題の解決と収益化に焦点を当て、段階的かつ現実的に関与することが、この発展途上の市場で成果を生む鍵となります。Solaraは、市場・制度の調査からパートナー発掘、事業性評価、提携・投資の設計まで、一貫した支援を提供します。


