ベトナムは、南北に長く伸びる3000キロを超える海岸線を持ち、沿岸部や近海の風況は東南アジアでも有数の良好さを誇ります。この自然条件は、風力発電にとって大きなポテンシャルを意味し、太陽光に続く再生可能エネルギーの柱として、陸上・洋上の両面で開発が進みつつあります。とりわけ洋上風力は、安定した強い風を活かせる将来の成長領域として、国内外の事業者から強い関心を集めています。本稿では、ベトナム風力発電の現状、固定価格買取(FIT)から競争入札への政策転換、洋上風力の巨大なポテンシャルと、それを実現するための系統・サプライチェーン・許認可の課題を整理し、日本企業の参入・投資・M&A機会を実務目線で解説します。

陸上風力の現状 ― FITが立ち上げた市場

ベトナムの風力発電は、太陽光と同様に、固定価格買取(FIT)制度を契機として立ち上がりました。風況のよい南中部や、メコンデルタ沿岸の各省を中心に、陸上および潮間帯(浅い沿岸)の風力発電所が建設され、導入量が伸びました。FITの期限に間に合わせようと、運転開始を急ぐ案件が集中した点は、太陽光のブームと共通する構図です。陸上風力は、太陽光に比べて建設のリードタイムが長く、機器の調達や系統連系の調整に時間を要するため、期限内の完工をめぐる課題も顕在化しました。

陸上風力は、太陽光が発電しない夜間や曇天時にも発電し得るという点で、再生可能エネルギーの電源構成を補完する役割を持ちます。風という変動性のある資源を扱うため、発電量の予測と系統運用の高度化が求められますが、太陽光と組み合わせることで、再生可能エネルギー全体の供給の安定性を高める効果も期待されます。ベトナムの良好な風況は、設備利用率の面で他地域に対する優位性を持ち、これが事業の採算性を支える要素となっています。

2026年ベトナムM&A市場の最新動向 ― 製造業とエネルギーが牽引(関連写真)

洋上風力の巨大ポテンシャル

ベトナム風力発電の真の成長領域は、洋上風力にあると広く見られています。長い海岸線と、近海の安定した強い風は、洋上風力にとって理想的な条件です。陸上に比べて、洋上は風が強く安定しており、大型の風車を多数設置できるため、一つのプロジェクトで大規模な発電量を確保できます。ベトナム政府も、長期のエネルギー計画のなかで洋上風力を重要な電源と位置づけ、その開発に向けた制度整備を進めようとしています。

洋上風力は、固定式(着床式)と浮体式(フローティング)に大別されます。水深の浅い海域では着床式が適し、より深い海域では浮体式の技術が必要となります。ベトナムの近海は、相対的に水深が浅い海域が広がるとされ、まずは着床式から開発が進むと見られています。もっとも、洋上風力は技術的にも資金的にも大規模かつ複雑なプロジェクトであり、海域の利用権、環境影響評価、系統連系、そして専門的な建設・据付の能力が揃って初めて実現します。ポテンシャルの大きさと、それを形にする難度の高さの両方を理解することが重要です。

風力発電の種類別ポテンシャルのイメージ(指数化・概念図)。

▲ 風力発電の種類別ポテンシャルのイメージ(指数化・概念図)。

政策と制度 ― 入札方式への移行

太陽光と同じく、風力発電の政策もFITから競争入札(オークション)方式へと移行しつつあります。固定価格による買取から、価格を競わせる仕組みへの転換は、買取コストを抑制しつつ、より効率的なプロジェクトを選別する狙いがあります。とりわけ洋上風力のような大規模案件では、入札制度の設計、海域利用の許認可手続き、そして系統連系のルールが明確に整備されることが、事業者の投資判断の前提となります。制度の予見可能性が、巨額の長期投資を呼び込めるかどうかを左右します。

政府は、再生可能エネルギーの比率を高める長期計画のなかで、風力(とりわけ洋上風力)に大きな期待を寄せています。一方で、洋上風力は計画から運転開始までに長い年月を要するため、制度の整備と案件形成を着実に進めることが、目標達成の鍵となります。海域の利用権設定、環境・漁業との調整、送電網の整備といった論点を一つずつ解決していく必要があり、政府・事業者・地域社会の協調が求められます。制度が固まるにつれ、内外の有力事業者による案件形成の動きが本格化すると見込まれます。

クレーンが立つ高層ビルの建設現場

日本企業への示唆 ― 技術・資本・サプライチェーン

日本企業にとって、ベトナム風力発電、とりわけ洋上風力は、複数の局面で機会を提供します。第一に、プロジェクトへの出資・共同開発です。洋上風力は巨額の資本と長期のコミットメントを要するため、経験と資金力を持つ事業者との協業が不可欠であり、日本の電力・商社・エンジニアリング企業が出資や共同開発の形で関与する余地があります。第二に、機器・部品のサプライチェーンです。風車の基礎、タワー、海底ケーブル、変電設備、そして据付・メンテナンスに関わる船舶・サービスなど、洋上風力は広大な裾野産業を持ちます。

第三に、O&M(運用・保守)やエンジニアリングといった、稼働後・建設段階のサービスです。洋上風力は、過酷な海洋環境での運用・保守に高度な技術を要し、日本企業が培ってきた品質・安全管理のノウハウが活きる領域です。陸上風力についても、稼働案件への投資や、O&M、部品供給といった機会があります。風力発電は、太陽光に比べて技術・資本・経験の参入障壁が高い分、一度足場を築けば持続的な事業基盤になり得ます。自社の強み(資本・技術・サービス)に応じて、どの局面で関与するかを設計することが戦略の出発点です。

M&A・投資の論点と留意点

風力案件への投資・M&Aでは、対象案件の風況データと発電実績、買取契約や入札の条件、系統連系の確実性、そして許認可・土地/海域利用権の有効性が、核心的なデューデリジェンス項目になります。とりわけ洋上風力は、海域利用や環境影響評価といった、陸上にはない固有の許認可リスクを伴うため、法務・許認可面の精査が重要です。建設のリードタイムが長く、機器調達や金利・為替の変動が収益に影響するため、保守的なシナリオでの採算性検証が欠かせません。

稼働済みの陸上風力案件であれば、発電実績に基づく安定したキャッシュフローを評価できますが、開発段階の洋上案件は、完工までの工程リスクと資金調達の確実性が問われます。投資形態としては、開発の初期から関与する共同開発と、稼働後の案件を取得するアプローチがあり、リスク許容度に応じた選択が求められます。出口戦略としては、運転が安定した案件をインフラファンド等に売却する道筋も考えられます。現地の制度が発展途上である点を踏まえ、政策・規制の動向を継続的に注視することが、規律ある投資の前提となります。

系統と統合 ― 風を電力網に組み込む課題

太陽光と同様、風力発電の拡大も、送電網(系統)との統合という課題に直面します。風況のよい地域に発電が集中すれば、その電力を需要地まで運ぶ送電容量が必要となり、系統が脆弱なままでは出力抑制が生じかねません。とりわけ洋上風力は、沖合から陸上の系統まで電力を運ぶ海底ケーブルと連系設備が不可欠であり、これらの整備がプロジェクトの成否を左右します。風という変動電源を大量に組み込むには、需給を調整する蓄電池や、発電量を予測する技術、そして系統運用の高度化が求められます。

この系統統合の課題は、風力発電の関連市場を広げる側面も持ちます。送電網の増強、海底ケーブル、変電・連系設備、蓄電池、そして系統運用の高度化に関わる技術・サービスは、それ自体が大きな投資機会です。日本企業のなかには、こうした系統・電力インフラの分野で高い技術を持つ企業が多く、風力発電そのものだけでなく、その電力を電力網に組み込むための周辺領域にも参入の余地があります。発電と系統を一体として捉える視点が、風力発電市場の全体像を理解する鍵となります。

地域社会との共生 ― 漁業・環境との調整

風力発電、とりわけ洋上風力の開発は、海域や沿岸という、漁業や生態系が関わる空間で行われます。そのため、地域社会、漁業者、そして環境との調整が、プロジェクトを円滑に進めるうえで欠かせません。海域の利用をめぐる漁業との調整、海洋生態系や鳥類への影響を評価する環境影響評価、そして地域住民の理解の獲得は、いずれもプロジェクトの社会的な受容性を支える重要なプロセスです。これらの調整を丁寧に行わなければ、開発が遅れたり、反対に直面したりするリスクがあります。

一方で、適切に進められた風力発電の開発は、地域に雇用や経済的な便益をもたらし、地域社会との共生を実現する可能性を持ちます。建設・運営に伴う雇用、地域への経済的な貢献、そしてクリーンな電力の供給は、地域にとっての価値となります。日本企業は、こうした地域社会・環境との調整において、丁寧な合意形成と環境への配慮を重んじる姿勢を活かすことができます。再生可能エネルギーは「環境によい」電源である一方、その開発が地域や生態系に与える影響にも目を配る必要があり、この両面のバランスを取ることが、持続可能な風力開発の前提となります。地域との共生は、長期にわたるインフラ事業の安定を支える基盤でもあるのです。

まとめ ― 長い海岸線が開く再エネの未来

ベトナム風力発電は、良好な風況と長い海岸線という自然の恵みを背景に、陸上から洋上へと成長の舞台を広げつつあります。とりわけ洋上風力は、巨大なポテンシャルを持つ将来の主力電源として期待される一方、制度整備、系統連系、サプライチェーン、許認可といった課題を一つずつ克服していく必要があります。日本企業にとっては、資本・技術・サービスの各面で関与の機会があり、稼働案件への投資から、共同開発、機器供給、O&Mまで、多様な参入経路が存在します。難度の高さと成長性の大きさを冷静に見極め、現地・国際パートナーとの連携やM&Aを機動的に活用することが、この長期市場で成果を生む戦略となります。Solaraは、市場・制度の調査から案件発掘、デューデリジェンス、提携・投資の実行まで、一貫した支援を提供します。