ベトナムへの本格的な進出にあたり、最初の実務上の関門となるのが現地法人の設立です。外国投資家がベトナムで事業を行うには、投資登録証明書(IRC)と企業登録証明書(ERC)という二つの許認可を取得することが基本となります。本稿では、ベトナム現地法人設立の全体像を、IRC・ERCの取得手順、所要期間、資本金や業種規制、そして設立後に必要となる各種手続きという観点から整理し、日本企業が進出準備で押さえておくべき実務を解説します。

ベトナム進出の形態 ― 法人形態の選択

ベトナムに進出する形態には、現地法人の設立、駐在員事務所の開設、支店の設置などがあります。実際に営業活動を行い、収益を上げる事業を展開するのであれば、現地法人の設立が基本となります。駐在員事務所は、市場調査や情報収集、連絡業務に限定され、直接の営業活動はできません。本格的な事業展開を目指すのであれば、現地法人、とりわけ外国投資家が出資する企業の形態を選ぶことになります。

現地法人の形態としては、出資者が有限責任を負う有限責任会社(LLC)が最も一般的です。出資者が一者の場合は一人有限責任会社、複数の場合は二人以上有限責任会社となります。一定規模以上や上場を視野に入れる場合には株式会社(JSC)が選ばれます。100%外資とするか、現地企業との合弁とするかは、業種規制や事業戦略によって判断します。一部の業種では外資出資比率に上限が設けられているため、進出形態の検討と並行して規制を確認する必要があります。

設立ステップ別の所要日数イメージ(概念図)。業種により追加ライセンスで期間が延びる。

▲ 設立ステップ別の所要日数イメージ(概念図)。業種により追加ライセンスで期間が延びる。

【社長コラム】ベトナムM&Aで本当に重要なこと(関連写真)

IRC ― 投資登録証明書の取得

外国投資家がベトナムで投資事業を行う際、最初に取得するのが投資登録証明書(IRC: Investment Registration Certificate)です。IRCは、その投資プロジェクトが認可されたことを証する書類であり、投資の内容、投資額、事業の所在地、実施期間といった事項が記載されます。管轄当局(計画投資局、工業団地内であれば工業団地管理委員会など)に対し、投資プロジェクトの内容を示す申請書類を提出し、審査を経て発行されます。

IRC取得の準備では、事業内容を明確に定義し、投資額や事業計画を裏付ける書類、投資家の法人・財務に関する証明書類などを整える必要があります。これらの書類の多くは、領事認証や公証、ベトナム語への翻訳を要するため、準備に相応の時間を見込んでおく必要があります。業種によっては、IRC取得の前提として、関係省庁の事前承認や条件付き投資分野の要件確認が必要となる場合があり、ここが進出スケジュールを左右する重要な変数となります。

ERC ― 企業登録証明書の取得

IRCを取得した後、企業としての設立登記を行い、企業登録証明書(ERC: Enterprise Registration Certificate)を取得します。ERCは、その企業が法的に設立されたことを証する書類で、企業名、本店所在地、定款資本金、法定代表者、事業内容などが記載されます。日本でいう登記事項証明書に相当する位置づけで、ERCに記載された企業コードは、税務上の納税者番号も兼ねます。ERCの取得をもって、企業は法人として正式に成立します。

IRCとERCは別々の手続きですが、実務上は連続して進められます。ERC取得後には、会社印(社印)の作成、税務登録、銀行口座の開設、資本金の払い込みといった一連の手続きが続きます。とりわけ資本金は、IRCに記載した出資スケジュールに従って、指定された期限内に資本金口座へ払い込む必要があります。設立はERCの取得で完了ではなく、その後の実務手続きまでを含めて、はじめて事業を開始できる状態が整います。

資本金と業種規制 ― 進出設計の要点

現地法人設立にあたり、資本金の設定は重要な検討事項です。ベトナムでは、一部の規制業種を除き、法律上の最低資本金額が一律に定められているわけではありませんが、事業内容や規模に見合った合理的な資本金が求められます。資本金が過小であれば、事業計画の実現可能性が疑問視され、IRCの審査に影響することがあります。一方で、過大な資本金は資金効率を損なうため、事業計画と整合した適切な水準を設定することが肝要です。

業種規制も、進出設計の核心です。ベトナムは、WTO加盟時の約束やFTAに基づき多くの分野を外資に開放していますが、一部の分野では外資出資比率の上限や、事業に必要な条件(条件付き投資分野)が定められています。流通・小売、物流、不動産、教育、金融など、規制の厳しい分野では、業種ごとの要件を精査し、場合によっては現地パートナーとの合弁を選択する必要があります。進出する事業がどの規制区分に当たるかの確認が、設立準備の出発点です。

主要分野の外資出資上限のイメージ(概念図)。多くの分野で100%出資が可能だが規制分野は要確認。

▲ 主要分野の外資出資上限のイメージ(概念図)。多くの分野で100%出資が可能だが規制分野は要確認。

2026年ベトナムM&A市場の最新動向 ― 製造業とエネルギーが牽引(関連写真)

設立後の実務手続き ― 事業開始までの段取り

ERCの取得後、事業を実際に開始するまでには、いくつもの実務手続きが続きます。会社印の作成と登録、税務当局への登録と電子インボイスの準備、社会保険への加入登録、銀行口座の開設、そして資本金の払い込みです。さらに、外国人従業員を雇用する場合には、労働許可証(ワークパーミット)や一時滞在許可証(TRC)の取得が必要となります。これらは並行して進めるべき手続きであり、段取りを誤ると事業開始が遅れます。

また、事業内容によっては、ERC取得後に個別のサブライセンス(事業許可証)が必要となる場合があります。飲食、教育、物流、特定の製造業など、許認可を要する業種では、ERCを取得しただけでは営業を開始できず、追加のライセンス取得が前提となります。こうしたサブライセンスの取得には、相応の期間と要件充足が求められるため、進出スケジュール全体を組む際には、これらを織り込んだ現実的な計画が不可欠です。

オフィス・拠点と人材の確保

法人設立の手続きと並行して、事業の拠点となるオフィスや工場、そして人材の確保を進める必要があります。IRC・ERCの申請には事業所の住所が必要となるため、オフィスの確保は設立手続きの前提条件でもあります。賃貸借契約の締結や、工業団地への入居にあたっては、契約条件や許認可との整合を確認することが重要です。拠点の立地は、人材確保、物流、顧客アクセスといった事業運営の効率にも直結します。

人材については、現地の管理職・スタッフの採用と、必要に応じた日本からの駐在員の配置を計画します。ベトナムの労働法制に則った雇用契約、就業規則の整備、社会保険の手続きなど、雇用に関わる実務は設立初期から発生します。優秀な現地人材の確保は、事業の立ち上げスピードを大きく左右するため、設立準備の段階から採用計画を具体化しておくことが望まれます。設立は手続きの完了で終わりではなく、事業を回す体制づくりまでが一連の作業です。

駐在員事務所・支店という選択肢

本格的な現地法人設立に踏み切る前に、駐在員事務所からベトナム進出を始めるという選択肢もあります。駐在員事務所は、市場調査、情報収集、本社とベトナムの取引先との連絡といった、限定された活動を行うための拠点です。直接の営業活動や収益を上げる事業はできませんが、設立手続きが比較的簡便で、現地市場を見極めながら本格進出の準備を進められる利点があります。ベトナム市場への足がかりとして、まず駐在員事務所を置き、その後に現地法人へ移行する企業も少なくありません。

一方、支店という形態は、本社と同一の法人格のもとで一定の事業活動を行えますが、ベトナムでは外国企業が支店を設置できる業種が限定的であり、製造業や一般的なサービス業では支店形態が認められないことが多いのが実情です。進出形態の選択にあたっては、行いたい事業活動の範囲、許認可の要件、税務や責任のあり方、そして将来の事業拡大の見通しを踏まえ、駐在員事務所・現地法人・支店のうち、どの形態が自社の戦略に最も適うかを慎重に検討することが、進出設計の出発点となります。

日本企業への示唆 ― 準備の質がスケジュールを決める

ベトナム現地法人の設立は、IRC・ERCの取得という許認可手続きが中心ですが、その成否とスピードは、事前準備の質で大きく決まります。事業内容の明確化、業種規制の確認、書類の領事認証・翻訳、適切な資本金の設定、拠点の確保といった準備が整っているほど、手続きは円滑に進みます。逆に、準備が不十分なまま申請に踏み切ると、書類の補正や追加要件の充足に時間を取られ、事業開始が大きく遅れることになります。

Solaraは、ベトナム進出の入口である現地法人設立を、進出戦略の立案から実務手続きまで一貫して支援します。進出形態の選択、業種規制の確認、IRC・ERCの取得サポート、設立後の各種手続き、そして拠点・人材の確保まで、日本企業の進出を現地の実務に即して伴走します。設立は進出の通過点に過ぎず、その先の事業の成功を見据えた設計こそが重要です。確かな準備が、円滑な事業立ち上げの土台となります。

まとめ

ベトナム現地法人の設立は、投資登録証明書(IRC)と企業登録証明書(ERC)の取得を中核に、進出形態の選択、資本金の設定、業種規制の確認、そして設立後の税務・銀行・社会保険・サブライセンスといった一連の手続きで構成されます。業種によって所要期間や要件が大きく異なるため、事前準備の質が、設立スケジュールと事業開始のスピードを決定づけます。設立そのものを目的化せず、その先の事業運営を見据えた進出設計が求められます。あわせて、本格的な現地法人に踏み切る前に、駐在員事務所を足がかりとして市場を見極める段階的なアプローチも、リスクを抑えた進出の選択肢として検討に値します。

現地法人設立は、ベトナム進出の長い道のりにおける最初の一歩に過ぎません。準備の各工程で求められる書類や許認可の要件は多岐にわたり、領事認証や翻訳、業種ごとの規制確認、サブライセンスの取得など、見落としやすい論点が随所に潜んでいます。これらを一つずつ着実に押さえることが、想定外の遅延を防ぐ確実な方法です。しかし、この入口の段階で、進出形態、資本金、業種規制、拠点、人材といった要素を整合的に設計できるかどうかが、その後の事業運営の土台を決めます。手続きの煩雑さに目を奪われるのではなく、なぜこの形態で、この規模で、この場所に進出するのかという戦略的な問いに立ち返ること。そうした設計の質こそが、設立後の事業を成功へと導く、見えにくくも本質的な競争力となります。