ベトナムへの進出で、しばしば想定外の時間とコストを要するのが、ライセンス・許認可の取得です。会社を設立しても、業種によっては事業を実際に開始する前に、追加の許認可(いわゆるサブライセンス)が必要となります。これらの取得には、満たすべき条件や審査期間があり、見通しを誤ると事業開始が大幅に遅れます。日本の感覚で「会社を作れば事業を始められる」と考えていると、現地で思わぬ足止めを食らうことになります。許認可は、進出計画における最大のリスク要因の一つであり、その見通しの精度が、立ち上げのスケジュールとコストを左右します。本稿では、ベトナムにおける投資・事業設立の許認可フローと、条件付き投資分野の考え方、業種別の留意点、そしてスケジュール管理の勘所を整理します。
設立の基本フロー ― IRCとERC
外資による事業設立の出発点は、投資登録証明書(IRC:Investment Registration Certificate)と企業登録証明書(ERC:Enterprise Registration Certificate)の取得です。IRCは投資プロジェクトに対する許可で、外資が新たに投資する場合に必要となります。ERCは会社そのものの登記で、法人格と事業内容を確定させます。一般的には、IRCを取得してからERCを取得し、その後に必要な印章の作成、銀行口座の開設、税務登録などの手続きを進めます。
注意すべきは、IRCとERCを取得しただけでは事業を開始できない業種があることです。これらは「会社が存在し、その事業を行うことが認められた」ことを示すにすぎず、特定の事業活動を実際に行うには、さらに業種別の許認可が必要となる場合があります。たとえば、流通・小売、飲食、教育、物流、医療、金融関連などは、それぞれ固有の条件と追加ライセンスを求められます。設立計画を立てる際は、「会社設立」と「事業開始に必要な許認可」を分けて考えることが、スケジュール管理の出発点です。
条件付き投資分野という考え方
ベトナムの外資規制を理解する鍵は、「条件付き投資分野(Conditional Investment Sectors)」という概念です。投資法は、投資が禁止される分野と、一定の条件のもとで認められる条件付き分野を定めています。条件付き分野では、外資出資比率の上限、最低資本金、専門資格、施設要件、現地パートナーの参加などの条件が課される場合があります。自社が行おうとする事業がこの条件付き分野に該当するかどうかを、計画の初期に確認することが極めて重要です。
さらに、ベトナムはWTO加盟時のサービス分野の自由化約束(コミットメント)に基づき、分野ごとに外資の参入条件を定めています。約束表に明記されていない分野では、当局の裁量による判断が入り、許可の可否や条件が個別の協議に委ねられることがあります。このため、「法律上は可能に見えても、実務上は容易でない」というギャップが生じ得ます。進出の可否と条件を見極めるには、条文だけでなく、実際の運用や直近の認可実績を踏まえた現地視点での確認が欠かせません。

▲ 主要業種における事業開始までの許認可所要期間のイメージ(概念図)。実際は案件・地域により変動。

業種別の留意点 ― 流通・小売
日本企業の関心が高い流通・小売分野は、許認可が特に複雑な領域です。商品の輸入・卸売・小売を行うには、IRC・ERCに加えて、貿易業ライセンス(取引ライセンス)が必要となる場合があります。さらに、実店舗で小売を行う場合、二店舗目以降の出店には「経済需要テスト(ENT:Economic Needs Test)」と呼ばれる審査が課されることがあり、立地や地域の商業状況などを当局が評価します。これにより、出店計画が当局の判断に左右される可能性があります。
取り扱う商品の種類によっても規制が異なります。一部の商品は外資による流通が制限されたり、追加の許認可を要したりします。小売事業を計画する際は、商品カテゴリー、店舗形態、出店数、立地といった事業計画の細部が、必要な許認可と取得難度を左右することを理解しておく必要があります。計画を固める前に、想定する事業内容が現行制度のもとで実現可能か、どの程度の期間を要するかを確認することが、後の手戻りを防ぎます。
業種別の留意点 ― 製造・物流・サービス
製造業は、外資に比較的開かれた分野ですが、業種や立地によって留意点があります。工業団地内での製造は手続きが定型化されている一方、環境影響評価(EIA)や消防・建設関連の許認可、特定品目の製造に関する条件などが課される場合があります。化学品や食品など、安全・衛生に関わる製造では、追加の基準適合や認証が必要です。物流分野では、運送、倉庫、貨物取扱いなどの活動ごとに条件があり、外資出資比率の制限が残る領域もあります。
サービス分野は、約束表の対象かどうか、条件付き分野かどうかによって扱いが大きく異なります。教育、医療、金融、不動産仲介、人材サービスなどは、それぞれ専門の許認可と条件を伴います。これらの分野では、資格者の配置、施設基準、最低資本金などの要件を満たす必要があり、要件充足の準備自体に時間を要します。サービス業の進出では、ライセンス取得を事業立ち上げ計画の中核に位置づけ、要件充足のための準備期間を十分に見込むことが重要です。

資本金と払込みの実務
許認可・設立の手続きでは、資本金の設定と払込みが重要な論点となります。ベトナムでは、一般的な業種に一律の最低資本金が定められているわけではありませんが、業種によっては法定の最低資本金が課されたり、事業計画に照らして当局が資本金の妥当性を判断したりします。資本金が事業規模に対して過少だと、許認可の審査で事業の実行可能性を疑問視される一方、過大に設定すると資金効率や回収の柔軟性を損ないます。事業計画と整合的な資本金を、当局の視点も踏まえて設定することが求められます。
資本金の払込みには期限があり、投資登録証明書に記載された出資スケジュールに沿って、定められた期間内に払い込む必要があります。払込みが遅れると、コンプライアンス上の問題や、許認可の取り消しリスクにつながる可能性があります。また、払い込まれた資本金は、投資資本口座を通じて管理され、外貨規制のもとで資金の出入りが記録されます。資本金は単なる数字ではなく、許認可・税務・外貨規制が交差する重要な実務領域であり、設立計画の初期段階で慎重に設計する必要があります。
スケジュールとコストの管理
許認可の取得は、しばしば計画より時間がかかります。審査期間は法令上の標準期間が定められていますが、書類の補正要求や追加資料の提出、当局との協議などにより、実際の所要期間は標準を上回ることが珍しくありません。事業計画を立てる際は、各許認可の取得に要する期間を現実的に見積もり、それらの前後関係(ある許認可が別の許認可の前提となる場合がある)を踏まえた工程表を作ることが重要です。楽観的なスケジュールで事業開始時期を約束してしまうと、許認可の遅延によって計画全体が狂い、取引先や本社への説明に窮することになります。
コスト面では、公的な手数料そのものよりも、要件充足のための準備(資本金の払込み、施設の確保、資格者の採用、書類の翻訳・公証)や、専門家への委託費用が大きくなりがちです。また、許認可の取得が遅れることで、賃料・人件費といった固定費が事業開始前から発生し続ける点も見落とせません。スケジュールの遅延は、それ自体がコストです。許認可を「設立後の事務手続き」と軽視せず、進出戦略の中核として早期に着手することが、円滑な事業開始の鍵となります。準備の周到さが、立ち上がりの速さと初期コストの抑制を同時に実現します。
許認可の維持と更新 ― 取得後の継続義務
許認可は取得して終わりではなく、維持と更新が必要です。多くの許認可には有効期間が定められており、期限前に更新手続きを行わなければ、事業継続に支障をきたします。更新の際には、許認可の取得時に満たした条件が引き続き満たされているかが確認され、条件を満たさなくなっている場合には更新が認められないこともあります。資格者の退職、施設要件の変更、出資構成の変化などが、許認可の維持に影響する可能性があるため、継続的な管理が欠かせません。
また、事業内容の変更(新たな事業活動の追加、出資構成の変更、所在地の移転など)に際しては、許認可や登録の変更手続きが必要となります。これを怠ると、実態と登録内容が乖離し、コンプライアンス上の問題となります。許認可の管理は、取得時の一時的な作業ではなく、事業を続ける限り継続する管理業務です。許認可の有効期限、更新条件、変更時の手続きを一元的に管理する体制を整えることが、事業の安定的な継続を支えます。許認可のコンプライアンスは、目立たないものの、事業継続の根幹をなす実務です。
当局との関係と現地専門家の活用
許認可の取得は、書類を提出すれば自動的に処理されるという性質のものではなく、当局とのやり取りが伴う実務です。審査の過程では、追加資料の要求や、事業内容の説明を求められることがあり、当局の懸念や疑問に的確に応答することが、円滑な許可につながります。当局がどのような点を重視し、どのような説明を求めるかを理解したうえで申請を進めることが、手戻りを減らし、審査をスムーズに進める鍵となります。制度の条文だけでなく、その運用の実態を踏まえた対応が求められます。
こうした実務を自社だけで進めるのは容易ではなく、現地の専門家(法律事務所、コンサルタントなど)の活用が現実的です。現地専門家は、最新の制度動向、当局の運用実態、必要書類の細部、審査のポイントに精通しており、申請の精度とスピードを高めます。特に、外資規制の解釈や、条件付き分野の該当性判断といった微妙な論点では、現地の知見が不可欠です。許認可の取得を、単なる事務手続きとしてではなく、現地の制度と運用を熟知した専門家との協働として進めることが、確実な事業開始への近道となります。
日本企業への示唆とまとめ
ベトナムのライセンス・許認可は、「会社を作ること」と「事業を始められること」が別物であるという点に本質があります。条件付き投資分野の確認、業種別の追加ライセンス、経済需要テストや環境評価といった個別審査、そして現実的なスケジュールの見積もり。これらを計画の初期段階で押さえておくことが、想定外の遅延とコストを避ける鍵です。制度は文書で確認できても、運用は現地の実務に依存します。進出を成功させる企業は、許認可を後回しの事務処理ではなく、進出戦略そのものの一部として早期から計画に組み込んでいます。逆に、許認可を軽視した企業は、設立後に思わぬ壁に直面し、事業開始が遅れ、固定費だけがかさむという事態に陥りがちです。Solaraは、進出可否の事前診断から、許認可の取得支援、スケジュール管理までを伴走し、計画段階での見通しの精度を高めます。準備の差が、ベトナムでの立ち上がりの速さを決めます。



