日本とベトナムの関係は、いまや「友好国」という言葉では足りないほど、経済・人・文化のあらゆる面で深く結びついています。街を歩けば日本企業の看板が目に入り、日本語を学ぶ若者が増え、日本で働き学ぶベトナム人も数多くいます。この関係は一朝一夕に築かれたものではなく、長年にわたる積み重ねの結果です。本コラムでは、日越ビジネス関係の歩みと現在地を振り返り、これからの協業の可能性を、現場でM&Aや進出支援に携わる立場から綴ります。
関係の土台 ― ODAが築いた信頼
日越関係を語るうえで欠かせないのが、政府開発援助(ODA)の存在です。日本は長年にわたり、ベトナムの道路、橋、港湾、空港、発電所といったインフラ整備を支援してきました。これらのインフラは、ベトナムの経済発展の物理的な基盤となり、外資が進出するための条件を整えました。ODAは単なる資金援助にとどまらず、技術移転や人材育成を伴い、両国の間に「ともに国づくりを進めてきた」という信頼の土台を築きました。
この信頼は、目に見えない資産として、現在のビジネス関係を支えています。ベトナムの人々の対日感情は総じて良好で、日本の製品・技術・働き方に対する敬意が広く共有されています。商談の場で、日本企業であることがプラスに働く場面は少なくありません。長年の真摯な協力が積み上げた信頼が、ビジネスの「のれん」として機能している――これは数字には表れない、しかし極めて重要な日越関係の財産です。

投資の広がり ― 製造業から多様な産業へ
日本企業のベトナム進出は、当初は製造業が中心でした。安価で勤勉な労働力を求めて、電機、自動車部品、繊維といった産業が生産拠点を構えました。やがて「チャイナ・プラスワン」の流れがこれを加速し、サプライチェーンの分散先としてベトナムの存在感が高まりました。製造業の集積は、関連する物流、商社、金融、サービス業の進出を呼び込み、日本企業のコミュニティが厚みを増していきました。
近年は、進出の動機が「コスト」から「市場」へと広がっています。約1億人の人口と中間層の拡大を背景に、小売、外食、金融、ヘルスケア、教育といった内需型の産業への関心が高まっています。生産拠点としてのベトナムから、消費市場としてのベトナムへ――この重心の移動は、日本企業の進出形態を多様化させ、M&Aを通じた現地企業との連携という新たな潮流を生んでいます。製造業で築いた信頼の土台の上に、内需型ビジネスの花が咲き始めているのが現在地です。
人の往来 ― 関係を支える最大の資産
日越関係の最も豊かな部分は、人の往来かもしれません。日本で学び、働くベトナムの若者は数多く、技能、知識、そして日本への理解を持ち帰っています。彼らは両国の架け橋となり、ビジネスの現場で貴重な存在となっています。日本企業の現地法人で、日本での経験を持つベトナム人材が活躍する光景は、もはや珍しくありません。言語と文化の両方を理解する人材の層の厚さは、他国にはない日越関係の強みです。
一方で、人の往来には課題も伴います。日本で働くベトナム人材の処遇や、帰国後のキャリア、両国の制度の違いなど、解決すべき論点は残されています。しかし、これらの課題に向き合いながら関係を育てていくことが、両国の長期的な結びつきを強くします。人と人とのつながりは、政治や経済の変動を超えて持続する、最も強靭な絆です。この人的ネットワークこそが、日越ビジネス関係の次の半世紀を支える基盤となるでしょう。

協業の進化 ― 「下請け」から「パートナー」へ
日越のビジネス関係は、その質を変えつつあります。かつては、日本企業が生産を委託し、ベトナム企業が請け負うという「発注者と下請け」の関係が中心でした。しかし、ベトナム企業の実力が高まり、独自のブランドや技術、市場を持つ企業が育つにつれて、関係は「対等なパートナー」へと進化しています。日本企業の品質・技術と、ベトナム企業の市場・コスト競争力・成長力を組み合わせる、相互補完的な協業が増えています。
この変化は、M&Aや合弁の現場で実感されます。ベトナムのオーナー経営者が、日本企業を「会社を売り渡す相手」ではなく「ともに成長する相手」として選ぶ場面が増えています。日本企業の長期志向、従業員を大切にする姿勢、事業を丁寧に育てる文化は、ベトナムの経営者から見て信頼に足るパートナーの条件です。「下請け」から「パートナー」へ――この関係の進化こそが、日越ビジネスの成熟を象徴しています。
官民の連携が支える経済関係
日越の経済関係は、企業間の取引だけでなく、両国政府の継続的な対話と協力によっても支えられています。経済連携協定をはじめとする制度的な枠組み、定期的な要人の往来、各種の協力プログラムは、ビジネスが安心して行われるための土台を整えてきました。投資環境の改善に向けた両国政府の対話は、進出企業が直面する課題の解決にもつながっています。官と民が車の両輪となって関係を進めてきたことが、日越関係の安定性と持続性を支える要因の一つです。
こうした制度的な基盤は、個々の企業の努力だけでは築けない、両国関係の財産です。安定した制度と良好な政府間関係があるからこそ、企業は長期的な視点で投資を行い、腰を据えて事業を育てることができます。もちろん、制度や運用にはなお改善の余地があり、進出企業が直面する実務上の課題は残ります。しかし、両国がこれらの課題に継続的に向き合い、関係を改善していこうとする姿勢を共有していることが、未来への信頼を支えています。官民が連携して育ててきた経済関係の枠組みは、これからの協業の確かな足場となります。
文化の親和性 ― 価値観が響き合う
日越関係の深さを支えるもう一つの要素が、文化の親和性です。両国は、勤勉さを尊ぶ価値観、家族や集団を大切にする精神、礼節を重んじる文化、そして教育への高い関心といった点で、多くの共通点を持っています。ビジネスの現場でも、長期的な関係を重視し、信頼を土台に取引を進めるという姿勢が、両国に共通しています。この文化的な近さが、日本企業とベトナム企業が協業する際の見えない潤滑油となり、相互理解を容易にしています。
もちろん、共通点があるからといって、すべてが順調に進むわけではありません。似ているからこそ、細かな違いが見過ごされ、思わぬ誤解を生むこともあります。しかし、根底にある価値観の親和性は、違いを乗り越えるための土台となります。日本のアニメ、音楽、食文化がベトナムの若者に親しまれ、日本食レストランが街にあふれる一方、ベトナム料理やコーヒー文化が日本でも受け入れられるなど、文化の交流は双方向に深まっています。こうした生活レベルでの相互浸透が、ビジネス関係の土台をさらに豊かにしています。
中小企業にも広がる機会
かつて、ベトナム進出は大企業のものというイメージがありました。しかし近年は、日本の中小企業にとっても、ベトナムは現実的な選択肢となっています。生産拠点の分散、新たな市場の開拓、後継者問題を抱える日本企業とベトナム企業の連携など、中小企業ならではの機会が広がっています。大企業のような潤沢な資源を持たない中小企業こそ、現地のパートナーとの協業や、的を絞った進出によって、効率的に海外展開を実現できる可能性があります。
中小企業の進出には、大企業とは異なる難しさもあります。情報収集の限界、人材の制約、リスク許容度の低さといった課題に対しては、信頼できる現地パートナーや、両国の事情に通じたアドバイザーの支援が、成否を分けます。日越関係の成熟は、大企業だけでなく、幅広い規模の企業が参加できる裾野の広い経済関係へと、その姿を変えつつあります。多様な企業が参加することで、日越関係はより厚みのある、持続的なものになっていきます。
これからの可能性 ― 共創の時代へ
これからの日越ビジネス関係は、「共創」の時代に入っていくと考えられます。デジタル化、脱炭素、高齢化対応といった、両国に共通する課題に対して、ともに解決策を生み出していく協業の可能性が広がっています。ベトナムの若い人材・成長市場と、日本の技術・経験・資本を組み合わせれば、両国の枠を超えて、地域全体に価値をもたらす事業を生み出せます。発注と受注の関係を超えた、価値の共同創造へ向かう流れです。両国が互いの強みを持ち寄ることで、単独では成し得ない成果が生まれます。
もちろん、文化や制度の違い、コミュニケーションの難しさといった課題は残ります。しかし、長年積み上げた信頼という土台があるからこそ、これらの課題は乗り越えられます。重要なのは、相手を「コスト削減の手段」や「市場の入口」としてだけ見るのではなく、ともに未来を築くパートナーとして敬意を持って向き合うことです。その姿勢こそが、次の半世紀の日越関係を実りあるものにします。一方的に与える・受け取るという関係ではなく、互いに学び合い、高め合う対等な関係へと進化することが、共創の時代の本質です。
現場で感じる関係の手応え
M&Aや進出支援の現場に立っていると、日越関係の深まりを肌で感じる場面が数多くあります。ベトナムの経営者が、日本企業との協業に対して抱く期待と信頼。日本企業の担当者が、ベトナムの成長と人々の活力に触れて抱く手応え。商談の席で交わされる、言葉を超えた相互理解。こうした一つひとつの場面が、統計には表れない関係の実態を物語っています。両国の企業が出会い、対話を重ね、ともに事業を育てていくプロセスそのものが、日越関係を日々更新し、深めています。
もちろん、すべてが順風満帆というわけではありません。文化の違いによる戸惑い、コミュニケーションの行き違い、期待のずれといった難しさは、現場では日常的に生じます。しかし、それらの困難を、双方が誠実に向き合い、乗り越えていく過程で、より強固な信頼が育まれていきます。摩擦を恐れて表面的な関係にとどまるのではなく、本音で語り合い、ときにぶつかりながらも理解を深めていく――そうした関係こそが、長く続く協業の土台となります。現場で築かれる人と人との信頼の積み重ねが、日越関係の最も確かな基盤なのです。
結び ― 信頼を未来の資本に
日越ビジネス関係は、ODAが築いた信頼、製造業から内需型へと広がる投資、厚みを増す人的ネットワーク、そして「下請け」から「パートナー」へと進化する協業の上に立っています。これらの積み重ねは、一夜にして得られるものではなく、まさに両国が時間をかけて育ててきた財産です。これからの時代は、この信頼を「未来への資本」として活かし、共創の関係へと深化させていく段階にあります。Solaraは、日越双方の文脈を理解する立場から、両国の企業が信頼を土台に新たな価値を生み出す協業を、現場で支えていきたいと考えています。信頼は、最も確かな投資です。



